副業フリーランスwebデザイナー初案件GET❗️仕事の取り方教えます。

40代 仕事フリーランス

2000年2月。勤務時代。通っていたスクールからの推薦があり「とらばーゆ」<天職見つけた>のコーナーに掲載して頂けた。(当時24歳1ヵ月)

この記事は、これからフリーランス(webデザイナー)になりたい人や、
今webデザインの勉強をしてる人へ向けて自分の過去の経緯を簡単にまとめたものです。

前編はwebデザイナーを目指し就職活動に入るまで。
後半は就職してからフリーランスになるまでの2部構成です。

さらに続きとして、フリーランス活動編として1年目〜3年目(模索下積み時期として/3年分) までの内容と、4年目〜6年目として(軌道時期 / 3年分)までの内容を、 実際の<年収=売上げと所得/確定申告内容>も合わせて公開致します。

*尚、あえて年商ではなく年収としています。
(仕入れ・在庫が無いのでほぼ売上がそのまま収入に反映される為)

小さな情報ですが1人でも多くの人の参考になれば光栄です。

2018年11月 / (株)カトリデザイン事務所:代表取締役 リキ・カトリ


▶️KATORI

平凡40代男の東京雑記ブログとして→ 美容 ・ダイエット/住まい/家族/娯楽&趣味/グルメ/仕事/のテーマを軸にゆるく配信中🌈 1976年1月生/山羊座のO型/動物占いは黒ヒョウ/妻と姉妹(中学&小学生)4人家族で平凡に生活中😌

会社勤め+副業としてのフリーランス生活


前章の、

私は幸いな事にドメインを取ってから「お仕事掲示板BBS」を経由し会社勤めをしながら副業として小さな仕事を請負う機会を頂けフリーランスも兼業する形の体制となっていた。

この期間の事を少し記事に残しておこうと思う。

私の場合、「よし!フリーランスになるぞ!」と計画を立てて始めた訳ではなく、ある意味成り行きでフリーランスになったタイプだ。

なので少々面倒なのだが「フリーランス」になった時期を説明する場合、まずこの「会社勤め+副業としてのフリーランス」期間を<序章>とする事にした。

初フリーランスとしての受注はジュエリーHPのバナー制作


忘れもしない。

初フリーランスとして「私の能力と技術」が「お金」になった初案件を

それは当時の友人から「お仕事掲示板にジュエリーHPのバナー制作の募集があるけど、どうか?」と言うメールだった。

私はそのメールを読んだが経験の無いフリーランスと言う位置づけで仕事をする事が正直とても怖かった。

何故ならば「もし満足してもらえなかったら・・」と言う気持ちがあった。

普段は「会社の盾」があってホームページ制作をしそれをいくつも経験していた。

バナーだって容易い作業だったけれど、「会社の盾」が無い状態で<お客様と直接>仕事をするその重圧・責任感にとてもビビっていた。

友人の一言


そんなビビリな私は、友人に「自分のデザインに自信が無いから遠慮したい」と返信した。

直にその友人から「自分はカトリさんのデザインは素晴らしと思ってる。だからきっとジュエリーの人も喜んでくれるに違いない。是非挑戦してほしい」と。

私はとても嬉しかった。

自分のデザインを素晴らしと言ってくれる人がいる事に。

そして初めての1歩を踏み出す事にした。

フリーランス初受注はGIFバナー3点15,000円


ジュエリーHPのオーナーにエントリーの意志を伝えた。

そして私がそのバナー制作を引き受ける事になった。

提示されたギャランティーはバナー3点で15,000円。

その金額が高いとか安いとかそんな事はどうでも良かった。

ただただ「喜んでもらえる為に最高のバナーを作りたい」その気持ちの方が強かったからだ。

遠方の方だったので、メールのみでやり取りをした。

一度も会う事は無く希望の色や雰囲気などをメールでヒヤリングし元写真画像をもらい、3種のGIFバナーを制作して提出した。

想像以上な素敵なバナーをありがとうございました


ジュエリーHPオーナーからのメールの返信に私は涙が出る程に嬉しかった。

友人も褒めてくれた。

私はこの時の報酬15,000円の重みを一生忘れない。

会社員として毎月当たり前の様に支給される20万円の給料とは全くもって重みが違った。

自分自信でお金を稼いだ。」と言うやりがい。

何にも代え難いフリーランスとしての初仕事だった。

そして今はもう連絡先も知らないその友人に感謝の気持ちを伝えたい。

心から感謝します。ありがとう。

1999年(平成11年)12月の初フリーランスとしての請求書下書きは今も手元にある。

会社勤め+フリーランスの年収記録と生活状況


1999年(平成11年) 当時23歳

住まい:東京都豊島区南大塚(実家)
家賃:なし
会社給料:20万x12ヵ月=240万円
フリーランス収入:1.5万円

合計:241.5万円

仕事のBGMが BOYS & GIRLS(浜崎あゆみ)だった頃の記録である。

会社勤めとフリーランス掛け持ちでの主な仕事内容


前章で記載した初フリーランスの仕事以降、私は会社勤めでのホームページ制作をしながらも「お仕事掲示板BBS」経由でさらに色々と仕事をさせて頂いた。

ちなみに勤務する会社の社長には「本業を優先に支障の無い範囲であれば、職場で個人の仕事(副業)をするのはOK」と許可をもらっていた。

その辺りは小さい会社だった事もあり助かったが、この頃になると本格的に会社の経営も傾き初め、正直仕事もあまり無く時間が余っていたのも事実であった。

フリーランスでの仕事の方は制作会社から企業ページのトップデザインのみ。や、地図マップの作成。CD-ROMコンテンツのデザインなどもあった。

また別の制作会社からは「バナー制作」の依頼もそれなりにあった。

どれも制作会社経由のいわゆる「下請け」がメインだったが、特に気にもせずに仕事をこなしていった。

思い出のデザインコンペ


大手制作会社からは「デザインコンペ依頼」も多く、その制作会社とは相性が良かったのか7〜8割の確立でコンペに通り、気に入ってもらっていた。

そんな中、今ではとても貴重な体験をさせて頂いたコンペがいくつかあった。

  • TBS:新ロゴマークコンペ
  • 東京ミッドタウン:ロゴコンペ
  • タニタ:肥満予防シンボルマークコンペ

特にTBS、ミッドタウンは今では誰もが目する有名ロゴ。

またフィー(報酬)も500万円くらいだったと記憶している。

クリエイティブな仕事にどんどん夢中になっていた。そんな貴重な経験だった。

2000年10月WEBビデオ講師の出演依頼


さらにこの年の記憶に残っている仕事の1つに、webビデオ講師の出演がある。

上にある2000年10月に発売したdesign plexの記事を見たビデオ制作関係者からかメールが来た。

いわゆる動画でwebクリエイターがレッスンをしてくれる。と言う内容だ。

出演するクリエイターは5~6人だったと思う。

それぞれクリエイターの得意分野を割り振りして紹介するビデオは全5巻程だったと記憶している。

今ではYoutubuが当たり前の時代だが、当時はまだビデオでの映像だった。

講師プロフィールで流す映像撮影の為、家の近所の(巣鴨の橋の上)を”わざとらしく”歩くシーンを恥ずかしげに撮った事、今でも鮮明に覚えている。

ちなみにビデオの出演ギャランティーは10万円。1日で撮影は終わったのでとても良い仕事だった。

この年にフリーランスwebデザイナーとして受注した案件数


フリーランス受注案件数:23案件
受注金額の範囲:最小額4,000円〜最高額150,000円
平均受注額:55,000円

会社勤め+フリーランスの年収記録と生活状況


<生活データ>
2000年(平成12年) 当時:24歳(独身)
住まい:東京都豊島区南大塚
家賃:65,000円(1K)

<収入>
会社給料:20万x5ヵ月=100万円
フリーランス収入:130万円
|内、会社引き継ぎ分:5万x3ヵ月=15万円

年収合計:245万円

仕事のBGMが恋愛レボリューション21(モーニング娘。)だった頃の記録である。

<完>

まとめ
webデザイナーフリーランス。未経験からの体験記。



まとめ
webデザイナーフリーランス。未経験からの体験記。

 

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Posted by KATORI